『母は永遠の17歳』僕が起業したキッカケ

どうも、ちゅんです。

この話は僕が起業したキッカケ&ネットビジネスを頑張っている理由を語ります。

初年度から年商1000万を突破。
現在もセールスに特化した人材派遣業をしています。

そこからネットビジネスに参入して、クライアントを稼がせるコンサル業をしています。

3ヶ月以内にゼロイチ突破をさせて、100万超えの収益達成者がポツポツ出てきて嬉しい限りです。

自己紹介も兼ねて僕の体験談を書いていきますね。

 

さてさて。

少し昔話をしていきます。

 

高校に入学したら母が倒れた

 

僕が高校入学をして3週間。

いつものように学校が終わった。

 

たしか時間は16時くらい。

4月の涼しい風を感じながら、
自転車で家に帰る途中でした。

 

「ブブー、ブブー、ブブー・・・」

ポケットの中で携帯が鳴っている。

 

たぶん電話だ。
誰か知らんけど後でかけ直すか。

 

「ブブー、ブブー、ブブー・・・」

 

電話がしつこいな。

誰だ?

 

『着信中』の表示を見ると父からだった。

 

こんな時間に電話なんて珍しいな。

 

(※ちゅん=ち)

ち「もしもし?」

父「おい!なんで早く電話に出ないんだ!」

 

せっかちだな。
父はなんでそんなイラついてるんだ?

 

ち「え?いや、自転車に・・・」

父「母さんが倒れた!今どこだ?」

ち「え?倒れた?あと5分くらいで家だけど」

父「○○病院まで急いで来い!」

 

ツーツーツー・・・

 

お母さんが倒れたってどういう事だろう。

転んだ?貧血?なんだ?

ちょっと嫌な予感がする。

 

モヤモヤとした不安を抱えながら病院に到着。

 

細かい部分まで覚えてないけど、
看護師に母の居場所を聞いた気がする。

 

母は手術室にいた。

 

『手術中』という赤いランプが不安を掻き立てる。

 

一体どんな状態なのか?

母の姿が見えない分、嫌な想像をしてしまう。

 

僕は母の『最悪の未来』を想像しながらソワソワしていた。

 

 

父は病院のベンチに座りながら下を向いていた。

こんなにへこんでいる父を見るのは初めて。

 

父は何事も動じないような人だったので、
そんな姿を見て人間味を感じた。

 

ち「なんでお母さん倒れたの?」

父「・・・わからない」

 

結局その日は母の姿を見れずに帰宅。

 

「心配だ。大きな病気じゃないと良いな。」

 

どうすることも出来ずに
病院に母の運命を委ねた。

 

母は次の日になっても意識は戻らない。

意識が戻ったのは5日後だった気がする。

 

母の意識が復活するまでの5日間は
父はどんよりして疲れ果てた顔をしていた。

 

病院から電話で母の意識が戻ったのを聞いた時はホッとした。

 

「良かった。とりあえず生きてる。会いに行かなきゃ」

 

僕と父はすぐに向かうことに。

 

医者から話を聞くと、
母が倒れた原因は脳内の出血。

高血圧によって脳内の動脈が破れたらしい。

 

そして脳内出血をしたことで、
周りの脳細胞にダメージを受けたと聞いた。

 

病院のベットの上では変わり果てた母がいた。

 

「少し前まで元気にテレビ見てゲラゲラ笑ってたじゃん」

「台所に立ってテキパキ料理してたじゃん・・・」

 

今は半身麻痺の影響でグッタリ。

身体にチューブが何本か繋がっていた。

なんだか痛々しい。

 

でもこれが現実なんだ。

しっかり受け止めないと。

 

僕らに気付いた母は
ボーッとした表情で少しだけ目を開けた。

 

「あう、わうああ〜?」

 

滑舌が悪すぎて何を言っているかわからない。

顔の筋肉も麻痺しているせいか
表情もかなり歪んでいる。

半身麻痺の影響は全身に広がっていた。

 

おまけに理解力もガタ落ちしていた。

いわゆる言語障害だ。

 

言い方を悪くすると
母はまるで『ボケ老人』の状態。

 

つい最近まであんなに元気だった母が
一瞬で別人のようになってしまった。

 

もう二度と母の手料理は食べれない。

もう二度とまともに会話することは出来ない。

冗談を言い合ってゲラゲラ一緒に笑うこともない。

 

「僕の記憶の中の母は、もうこの世に存在しないんだ」
と、悲しくなった。

 

僕がこの頃、母に言われた衝撃の一言は

「誰ですか?」

 

少し滑舌は悪かったけど、
たしかにそう言った。

 

基本的に母は僕のことを息子だと理解できていない。

 

ちなみに今現在はたまーに調子の良いときだけ
「○○〜?(僕の本名)」
と聞かれるくらい。

 

ほとんどまともに会話ができなくなった。

 

僕「今、何歳ですか?」

母「17歳」

自分の年齢すら分からなくなった母。

 

母は『永遠の17歳』だった。

 

半身麻痺を抱えた永遠の17歳は、
入院と自宅療養を繰り返した。

 

そして父は料理を作れない。

だから定期的に僕は料理を作った。

 

「お〜い、パスタ作ってくれ〜」
と、僕がヒマそうなときには父に料理をオーダーする。

 

最初はあんまり作れなかったけど少しずつ料理のレパートリーも増えた。

後々、僕は料理人として働くことになる。

今思えばこれが調理師になるきっかけだったのかもしれない。

 

で、ものすごーくこの話を省略すると、
母はずーっと病院生活になった。

 

もちろん今現在も。

 

母が倒れて10年後、父は亡くなった

 

かなり省略すると、
父は急に亡くなった。

 

結論から言えば、
たった3ヶ月で命を落とした。

 

父が亡くなる3ヶ月前のことを書いていく。

 

・・・。

 

2018年、このとき僕は27歳。

 

「ブブー、ブブー、ブブー・・・」

 

珍しく実家から電話が来た。

 


「はい〜もしもし〜」

 

謎の女性
「あ〜○○君?(僕の本名)
○○君のお父さんが大変だから病院に連れて行ったの!
私、○○(親戚のおばさん)なんだけどね。今来れる?」

 


「え?今どんな状態ですか?」

 

親戚のおばさん
「少し前からあまり食べてなくてね。
顔色も悪くて。
とうとう立てなくなっちゃったの。

たまたま会う約束してたから家に行ってみたのよ。

そしたらフラフラしてて大変!
トイレにも行けなかったのか汚れててね〜
さっきまで掃除してたのよ〜」

 

おばさんの説明がめちゃくちゃだったけど大体の状況はわかった。

 

どうやら父は相当に具合が悪そう。

簡単にまとめるとこういうことだ。

・数日前から食欲がない
・顔色が悪くてフラフラして立てない
・ソファーに座りながら漏らしてしまった

 

当時、正社員として働いていた僕はたまたま仕事が休みだった。

とりあえず、すぐに病院に行くことに。

 

 

ガラガラガラガラ・・・

 

父が入院している部屋のドアを開けた。

 

ベッドの上で点滴をしている。

 


「おぉ・・・来たのか」


「なんだ、意外と元気そうで良かった」

 

 

本当は少し息苦しそうな父を見て心配だった。

 

『苦しそうだね』
なんて言うと余計に体調が悪くなりそうで
『意外と元気そうだね』

と、言葉を選んだ。

 

体調が悪くなった原因はよくわからない。

少しだけ雑談をしてその日は帰宅した。

 

次の日か2日後か忘れたけど病院から連絡が来た。

 

医者が言うには『肺が悪い』らしい。

 

上手く酸素が取りえれられずに
意識がフラフラしたのではないかと。

 

父はヘビースモーカーで毎日2箱はタバコを吸っていた。

しかもタール21mgのロングピース。

これはかなり重たいタバコ。

 

お酒で例えるとテキーラやウォッカを毎日ガブ飲みしてるようなもんだ。

 

そりゃ肺も弱るわ。

 

3日後、1週間後、1ヶ月後。

 

僕は定期的にお見舞いしに行った。

 


「いや〜まさか体調を崩すなんてな〜」


「まあ大したことなくて良かったね」


「病院のメシはマズイ。退院したらウナギでも食べたいな〜」


「マズくてもちゃんと食べなよ?」


「あんまり食べる気にならんな〜ははは〜」

能天気とはまさにこのこと。

 

事態は悪化していく。

 

お見舞いに行く度に、
父はどんどん痩せていった。

 

ライザップもびっくりの激痩せ具合。

顔はコケて
足はモデルみたいに細くなった。

 

 

医者
「○○さんはほとんど食べてないですねえ。
今は点滴で栄養を摂取しています。」


「そしたら口当たりが良くてカロリーが高そうなウイダーゼリーとかあげても良いですか?
アイスとか、カロリーメイトとかでも」

医者
「ダメです。食事は病院が管理しますので。
血圧が〜血糖値が〜・・・」

 

医者からは専門的な説明を受けた。

 

正直、僕は納得が行かなかった。

とにかく今は父の口に『高カロリー』のモノをねじ込みたい。

 

今思えば医者の意見を無視して、
父の口にウイダーゼリーでもカスタードクリームでもねじ込めば良かったのかと後悔している。

 

「食欲なんてなくても気合いで食べてくれ」
と心の底から願った。

 

でも世の中はそんなに甘くない。
時間は残酷だ。

 

僕の願いは叶わず、
父はガリガリになっていった。

 

太ももなんて女の子の腕くらい細い。

(もう一生立って歩くの無理じゃないか?)
と思ってしまうほどだった。

 

 

もしこれから父がずっと入院してたらどうしよう。

僕は病気の母を一人で支えなければいけない。

しっかりしなきゃ。

 

 

入院してから約3ヶ月後。

運命の電話が鳴る。

 

深夜4時頃だっただろうか?

病院から電話が来た。

 

僕は寝ぼけながら電話に出ると看護師から一言。

「お父様の容態が急変しました」

 

やばい。

ついにこの時が来てしまった。

 

すぐに準備をして1時間かからず病院に到着。

 

「シュゴー、シュゴー、シュゴー・・・」

父は呼吸器を着けながら苦しそうに息をしていた。

 

少し前まで父は
「いや〜まさか体調を崩すなんてな〜」と

呑気に喋っていたのに。

 

今は必死で呼吸をしている。

僕のことをしっかりと見る余裕もなさそうだ。

 

とりあえず丸いパイプ椅子を借りて隣に座った。

 

なんて声をかければいいかわからない。

 

「大丈夫?」と声をかけようかと思ったけど、明らかに大丈夫ではない。

 

しばらくして、看護師は父のベッドの『柵』を取り外した。

 

当時の僕はベッドの柵を取り外す意味を深く考えていなかった。

 

 

柵を外す
=「そろそろ危ない状態だから最後の挨拶をしてください」
という看護師からのメッセージだったのかもしれない。

 

病院に着いてから3時間。

朝の8時くらいに病院を出た。

 

今思えばタイムマシンに乗って過去の自分に説教したい。

「今すぐ会社に休む連絡を入れろ」と。

 

仕事をしている最中、父のことを考えてソワソワしていた。

 

「父は大丈夫だろうか。もっと容態が悪くなったらどうしよう」

 

とうとう、お昼に早退しようと思って会社に連絡を入れた。

「父が大変な状態なので病院に行きます」と。

 

急いで病院に行かなきゃ。
やっぱり会社なんて休めば良かった。

 

「ブブー、ブブー、ブブー・・・」

車に乗って病院に向かおうと運転席に座ったら電話が来た。

なんだろう。親戚から電話だ。

 

僕「もしもし」

親戚「さっきお父様は息を引き取りました」

 

・・・。

 

間に合わなかった。

少しだけ遅かった。

なんて馬鹿なことをしてしまったんだろう。

 

あと30分でも早く病院に向かっていれば間に合ったと思う。
これは僕の人生史上、最も貴重な30分だったかもしれない。

 

そもそも最初から会社なんて行かなければ良かったんだ。

 

「もしかしたらそのうち容態が良くなるかもしれない」
と、心のどこかで思っていたのかもしれない。

甘かった。

 

つい最近まで元気だった父がアッサリと亡くなってしまった。

 

起業したキッカケ

 

僕には悲しむヒマはなかった。

 

まずは現実と向き合って
父の葬儀の準備をしなくてはならない。

病気の母を守るために僕がしっかりしなくてはならない。

 

父が亡くなったその日の夜。

どうにか心を安定させるために色々と考えた。

 

そうだ。

筋トレをすると科学的にポジティブになれると何かに書いてあったはず。

テストステロンが分泌されて元気になるんだった。

 

僕は泣きそうなテンションで腕立て伏せをした。

 

父が亡くなったその日の夜に腕立て伏せなんて、
他の人からするとアホみたいかもしれない。

 

それでも僕は母を支えるためにナヨナヨとへこんでいる場合じゃなかった。

 

現在の手取りは17万円。

毎月かかる母の入院費は8万円。

ちょっと良い病院だったため高い。

 

家賃、光熱費、食費など。

どう考えても月17万円の手取りじゃあ足りない。

助けてくれ。

生活保護に頼るしかないのか?

情けない話だけど役所に行って相談をした。

担当してくれたのは30中盤くらいの役所のお姉さん。

要約するとこんな会話をした。

僕「かくかくしかじか、こういう理由でお金が足りなくて、生活保護は受給できますか?」

役所のお姉さん「貯蓄がゼロに近くなってから相談して下さい。あと車を持っているならそれも売却して下さい。」

どうやら生活保護は無理なようだ。

自分の車は持っていなくて、父が乗っていた車を引き継いだ。

僕にとって父の車は形見みたいな感覚ですぐに売る気にもなれなかった。

国は若者には冷たい。

うつ病になって病院で診断書でも貰えば生活保護受給できるのかな。

いや、うつ病になってる場合じゃない。

しっかりしなきゃ。

 

やばい。お金ない。

少し前にスマホの分割審査すら落ちた。

たぶん借金も対して出来ないだろうな。

 

もしかして人生詰んだ?

社会の底辺やん。

 

自力で稼がなければ。

国は助けてくれない。

 

アフィリエイト?転売?

いや、そんなものより根本的に今の生活を変えないとダメだ。

 

よし、起業しよう。

 

父の葬儀が終わってすぐに会社に連絡。

 

当時働いていた会社の社長と幹部と話し合うことになった。

 


「退職しようと思います。そして独立して取引先を探します」

会社
「じゃあウチと直接、取引すればいいんじゃない?」

 

こうして僕はセールスで起業することになった。

 

色んな社長に会いに行って人脈も増やした。
企業に人材も紹介した。
外注さんも雇ってみた。

不器用ながらも初年度で年商1000万を突破。

 

運もあるかもしれないけど、凡人なりに出来ることはやりました。

 

税金とか意味不明すぎて税務署とか市役所に聞いたし、
顧問税理士も雇ってみた。

 

自分に出来ない部分は他人に任せて、
自分にしか出来ない仕事をした。

 

意外と人生ってなんとかなるんだなと思った。

 

僕がネットビジネスに力を入れている理由

 

一言で説明すると、
人に感謝させる仕事っていいなと思うからですね。

『自分が成功したいなら他人の成功を手伝うべし』ってスタンスです。

 

「ちゅんってやつはお金に執着していてキモいわ〜」
って人もいるかもしれないですね。

 

根本的に僕がお金に執着している理由は母の影響が強いと思う。

 

ちょっと書いていく。

 

・・・。

 

これは父が亡くなってから約3年後の話。

 

僕は母の面会に行った。

 

相変わらず母は言語障害も残っているし理解力に欠ける。

だから母には父が亡くなったことも伝えてない。

 

 

僕は滑舌の悪い母とこんな会話をした。

 

母「お父さん?」

ちゃうねんw

 

母「彼女は何人ですか?」

そんなチャラついてないw

 

母「彼女はいるんですか?女の子?」

何を心配してんねんw

 

母「まだ?」

何を待ってるねんw

 

母「これいいんですか?」

だから何がやねんw

 

母「ちゅん?ちゅん?(僕の本名)」

おお、わかってるやないかいw

 

母「お父さん?」

俺はお父さんじゃないw
(ごめんな。お父さんもう亡くなったんだ。)

 

よし、母に質問してみよう。

 

僕「ご飯食べた?」

母「んー」

 

僕「何食べたの?」

母「わかんない。」

 

僕「僕クリスマス何か欲しいのあるの?」

母「…こんな。」

こんなってなんやねんw

 

僕「クリスマス欲しいのある?」

母「……。(意味が通じてない。)」

 

僕「欲しいもの、なんかないの?」

母「もーんもーんもん」

だめだこりゃw

 

もう何を話せばいいかわからなかった。
でも今日はたくさん喋れる。
意外と元気そうで良かった。

 

しばらくすると母は一言。

 

「・・・いらない。」

 

そうか。
クリスマスプレゼントはいらないか。

でも何か買ってあげようかな。

 

 

僕はこの日、
医者に呼ばれて病院に来ていた。

 

医者が母の現状を解説するとこんな感じだ。

  1. 運動しないから内臓機能が低下している
  2. 定期的に吐いてしまう
  3. 胃が小さくなっている

 

これは非常に良くない流れ。

 

ザックリ問題点をまとめると2つ。

  1. 胃が小さすぎる問題
  2. 点滴に頼れない問題

 

 

①胃が小さすぎる問題。

胃は小さすぎて水100m入るかどうからしい。

アンパンマンの紙パックジュースで125mlだからそれすらも入らない。

 

一般的な胃の容量は1.5ℓ〜3ℓらしい。

これはもう生まれて3ヶ月くらいの赤ちゃんと同じくらい胃が小さい。

 

実年齢は70歳でも、
精神的には17歳だし、胃は0歳児。

 

なんてことだ。名探偵コナンもびっくり。

めちゃくちゃすぎる。

 

②点滴に頼れない問題

点滴で栄養を入れてもたまに抜いてしまうらしい。

頼むから安静にしてくれと言いたいけど、
母からすると点滴はモゾモゾするのかもしれない。

 

そもそも点滴だけではカロリーが少ない。

 

胃に穴を開けて直接パイプで栄養を入れる方法もある。

それでも自分で管を抜く患者も多い。

これは非常に危険。

 

 

解決策として・・・

 

手足を縛り付けて栄養を入れる病院もある。

でもこの病院では倫理的にダメ。

 

しかも亡くなった父の意思として、
『無理な延命はしたくはない』とのこと。

 

さらに脳が拒否をすると吐いてしまうらしい。

細かい仕組みはわからないが脳と身体は密接に繋がっている。

 

 

そして最後に医師はこう言った。

「最終的には本人が苦しまないで済むように持っていく」

 

・・・。

 

これ聞いたとき、
ズドーンっと頭に重たいハンマーで殴られたような気がしました。

 

「まじかよ・・・」と頭クラクラ。

 

なんとなく覚悟が出来ていたんですけど、
医者からこんな話されたら圧倒されます。

 

もしそのまま亡くなってしまったら運命だと思って受け入れるしかない。

 

そしてコロナの影響で定期的にお見舞いにも行けない。

 

じゃあ僕に何が出来るかっていうと、
ちょっと高めの入院費を払ってあげるくらいしか出来ない。
(そこそこ良い病院なので結構かかる)

 

極端な話をすると、
僕が超絶な貧乏人だったら医療費を払えなくて破産しちゃいます。

 

指定難病の補助とかも活用してますけど、
それでも一部は自己負担しないといけません。

 

だから稼がないとな・・・と思うわけです。

 

 

で、最後に何を伝えたいかっていうと・・・

 

大前提として僕は人に感謝される仕事をしたい。

 

じゃあどうすれば感謝されるか?

 

一番最強なのは人生を変えてあげること。

 

じゃあどうやって簡単に人生が変わるのかっていうと『お金』ですよね。

 

正直、人材派遣のビジネスは再現性があるかと言われたら微妙です。

まず色んな社長に会いに行くって時点でキツいと思う。

 

たくさん社長との人脈を増やして、
働きたい人を探して紹介しましょう〜っていうのは無茶すぎる。

 

でも『セールス』の技術なら教えられる。

しかも人の心理は大きく変わらないから再現性がある。

 

もちろんネットビジネスにも応用が出来る。

  • zoom通話
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など。

というわけで僕は主にzoom通話セールスやDRM戦略を人に教えています。

 

僕のクライアントの実績ですが、

3ヶ月以内でコンサルだけで100万突破した人もいれば、
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収入ゼロからスタートでした。

 

『スキルがあるけど売れない』って人は、
僕がちょろっと教えたらポコポコ成果出ます。

 

特にzoom通話セールスって即金性があるので
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気になる人はメルマガ登録してもらえればそのうち案内が流れてくると思います。

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というわけで、
僕が起業したキッカケやネットビジネスを頑張っている理由でした。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

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